2016年8月22日月曜日

てんかんと妊娠④-B バルプロ酸の知的発達への影響について

B.胎児の知的発達への影響

抗てんかん薬の胎児への影響、というと、ブログの前項(2016/2/15)でもご説明しましたように、胎児奇形が長年の懸案でした。この点ではもっとも影響が懸念され、かつ服用している患者さんが多いという点でバルプロ酸(VPA)が注目されました。しかし、バルプロ酸に関しては、用量が一定量以下なら他の抗てんかん薬の催奇形性と大きく変わるところはないというデータもあり、実際にVPAを服用しながらの妊娠・出産は珍しいものではありませんでした(また、それで大きな問題を感じることもありませんでした)

しかし2013年、Meadorらが発表した論文 ( Meador KJ Lancet Neurol.2013;12:244-52)は、この状況について別の視点からの注意を促し、世界のてんかんを診療する医師に大きなインパクトを与えました。対象は数十例と多くはありませんが、一定量(1000㎎)以上VPAを服用している妊婦さんから出生したお子さんは、他の抗てんかん薬を服用している妊婦さんから生まれたお子さんに比べ、6歳時の知能指数(IQ)が有意に低いというものでした。このことはそれ以前からなんとなく疑われてはいましたが、はっきりとデータとして発表したのはこの論文が初めてといってよいと思います。

数字にするとたとえばカルバマゼピンを服用していた妊婦さんのお子さんのIQの平均は106であったのに対し、VPAを服用していた妊婦さんのお子さんのIQは98でした。この関係はVPAの用量が多いと強くみられ、用量が1000㎎以下では他の抗てんかん薬との有意な差は認められませんでした。

どの薬剤を服用している群でも、平均のIQそのものは異常値ではありませんし、解釈には慎重さを要しますが、この論文により、VPAの用量が多いことは、催奇形性の面だけではなく、児の認知機能にも良くない影響がありうるということは示されたといって良いでしょう。そして、これまでよりもさらにVPAを服用しながらの妊娠に対してのハードルが上がったとも言えます。

これらの報告を受け、FDA(アメリカ食品医薬品局)のVPAに関する勧告も、年を追うごとに変化していきました。

200912
VPAにより二分脊椎その他大奇形のリスクが上昇することを患者に説明するべきである。

20116
VPAにより児の認知機能が低下するリスクがあることを、患者に説明するべきである。

20135
(VPAにより児の認知機能低下のリスクがあるので)てんかんまたは双極性障害の妊婦には他の治療薬で十分な症状コントロールができなかった場合や、忍容性がない場合にのみ、VPAを処方すべきである。

もちろん、VPAは特発性全般てんかんの第一選択薬として効果の面では確固たる地位があり、妊娠中の発作(特にけいれん発作)は妊娠経過にそれ自身が良い影響を与えないことも考えると、(FDAの勧告のとおり)どうしてもVPAを服用しながら妊娠せざるを得ない場合はやはりあります。いくらレベチラセタムやラモトリギンがあったとしても、それでは発作がコントロールできない場合はやはりあるのです。

そうした方に対しては、用量を適切なレベルに減らし、葉酸の投与を行えば(上記のMeadorの論文でも、葉酸の服用は児の認知機能を高める可能性が示唆されています)通常の妊娠・出産ができると説明しています。

次回は(これもやはり残念ながらVPAに関連するのですが)、もう一歩踏み込んだ最近の注目すべき問題点についてご説明したいと思います。

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